押入れ付き賃貸物件の使いこなし方
使いづらい押入れなのになぜ存在しているのか
押入れとは、古い不動産物件に今でもたまに見られるもので、正直若干使いづらい収納スペースです。私は不動産と建築に本職として関わっていますが、その立ち位置から見ても、押入れは今日の大多数の居住者にとって、例えばクローゼット等と比較すると明らかに利便性で劣っています。押入れ付きの物件を売りたい、あるいは貸したいという立場の人の多くが、それをあらゆる手を使って、言い方は悪いですがごまかそうとしています。しかし使いづらいという事実は、曲げようがありません。
しかしだからといって押入れ付きの物件はダメ物件なのかというと、決してそんな事はないのです。検索結果からこの記事が気になって読み始めた人は、どうか最後まで読んでみて下さい。
押入れというのはまず、奥行きが約80cm程度もあって、奥まで手が届かないぐらい深いです。そして高さ80~90cmあたりの中途半端な位置に固定式の棚があって、歩いて奥に入って行く事もできません。
いったいなぜこんな形の、使いづらい収納スペースが一般化したのでしょうか。それは、むかしの日本人には使いやすかったからです。むかしの日本人は、布団をはじめ、家財道具全般を普段は部屋の中に出しておくことなく、使い終わるたびにしまい込む生活様式でした。夜眠るためには押入れから布団を出してきてちゃぶ台を押入れにしまいます。昼間起きている間は、ちゃぶ台を出して布団を押入れにしまいます。そんな風に使うならば、押し入れは使いやすかったのです。
もちろん、今の日本人の間ではそんな生活スタイルは一般的ではありません。だから今の日本人の大多数にとって押し入れは使いやすくはなく、もっと違う収納の方が使いやすいです。押入れではむしろ使いづらいです。
作り手側の事情もあります。昔は住宅といえば木造の在来工法が主流でした。在来工法では、910mm(3尺)の方眼紙のパターンに柱や壁の中心位置を合わせて設計すると、設計も施工も効率が良くてしかもラクです。基本的に押し入れの奥行きはこの寸法に合わせて設計されます。なので、クローゼットなんかよりも深い、あの独特の感じの奥行きになるのです。
作り手ばかりでなく、使い手の意識や態度、そして社会に流通している情報量の少なさなども要因ではないかと私は考えています。昭和40年代ぐらいにもなれば、既に押し入れは多くの人にとっておそらく使いやすいものではなくなっていたと考えられます。にもかかわらず当時は、押入れ以外の造り付け収納を知らない人が多く、「押し入れじゃなくてクローゼットが欲しい」みたいな発想がなかなか出て来なかったのだと思います。
おまけに当時は「顧客満足度」なんて言葉は社会全体に浸透していなかったし、世の中のしきたりに不平不満や文句を言うような事はマナーが悪くて、タブーみたいな風潮がありました。さらに、今のように建材や工具がホームセンターで手軽に手に入る訳ではありませんでした。専門的な工具を持ち、材料を仕入れ、施工ノウハウを持つ造り手側の立場は今よりも強いものでした。使い手は、押し入れが使いづらいという自分自身の心理にも気づきにくかったし、仮に気づいたとしても、せっかく大工さんが作ってくれた伝統的な収納スペースに対して使いづらいという不平不満を言ったり、使いづらさを指摘するなんていう事はせず、有り難いと思って使おう、自分の生活様式のほうを押し入れに合わせて変えよう、みたいな発想だったのでしょう。脱・押入れ時代の到来
それからまた時が経ちました。人々の生活様式や収納する家財の内容はさらに変化しましたし、社会の風潮も変わりました。今は、消費者が気兼ねせずに自分が購入した製品やサービスについて正直な気持ちで批評できる世の中です。
このように、使い手の正直な気持ちが作り手にフィードバックされるような世の中になってくると、押し入れは人気が無いので作るのをやめよう、という風潮に変わりました。特に、若い単身者が済む事を想定した共同住宅などで押入れを設計する事など皆無ですし、戸建て住宅でも押入れを全く設計しない場合は多くなりました。
木造の在来工法の住宅が910ミリ間隔のグリッドを使って設計される事が多いという事は、今日でもあまり変わっていません。それでも、むかしと違って、設計・施工がもっと丁寧に行われるようになりました。押入れに代って設けられる収納スペースは、例えばクローゼットならば洋服を収納するのにちょうどいい600mm程度の奥行きに設計されますし、小物を収納するための壁面収納ならばA4サイズの本の奥行きなど、日常的な収納物の収納しやすさを意識して設計されたりしています。
郊外のゆったりした敷地に建てられる住宅などでは、今でもたまに、押入れを設計する場合があります。ただしそんな場合でも、昔ながらの押入れをそのまんま作るというケースは多くありません。布団をしまうための、昔ながらの押入れに近いスペースを必要な分だけ確保したら、残りの部分はハンガーパイプや可動式の棚板を取り付けたりなどして、今日の人々にとってより便利で使いやすいような、押入れとクローゼットのハイブリッド的な収納スペースにしてしまう事が多いです。
新築の物件ばかりではありません。年期の入ったの既存物件でも、押入れの部分をリフォームして、クローゼットなどに造り変えるという事はよく行われます。押入れがクローゼットに変わると、その物件は居住者にとってより住みやすい物件になります。すると物件の人気が上がります。
押入れ付き賃貸物件のワケありを攻める
しかし、この、押入れがどんどん無くなっていく時代の流れの中でも、昔作られた押入れが残っている賃貸物件があります。
押入れがあるというのは、言ってしまえば一般的にはマイナス要素です。なぜなら散々言っているように押入れは使いづらくて不人気だからです。こういう部分の不人気は、賃料に影響します。なおかつ、押入れが存在しているのは、その建物の古さが一発で分かる目印でもあります。ふつうの賃貸物件オーナーならば、そういう事は常識として知っています。そんな押入れであるにもかかわらず、他のものに改造される事なく残り続けているという事は、何かしらの事情があります。
部屋を借りる立場ならば、そこに目をつけて、押入れ付きの物件を狙って家探しをするという戦略もあります。どちらかというと玄人のノウハウです。押入れ付きの物件は、家賃が相場よりも割安に設定されていたり、入居の条件にオマケを付けてくれたりする物件が多いです。どうしてもこの予算でこの立地に住みたい、なんてギリギリの条件での部屋探しをしているときに、ようやく見つかる数少ない物件が、押入れ付きの物件だという事がよくあります。
そこからさらにもう少し視点を変えれば、みんなが敬遠する押入れつき物件に上手に住みこなせる人は、立地や専有面積に対して割安な賃貸物件で暮らす事のできる、お得で賢い人だという見方もできます。ですから私自身、押し入れに対して使いづらいスペースだという見方をしてはいても、それでいて、押し入れ付きの物件に住むのはやめた方がいい、なんて事は思いません。使いづらい押入れのある物件をあえて選び、それをいかに使いこなしていくか、という事を楽しんでしまうような暮らし方は、大いにアリだと思います。誰もが好むとは思いませんが、そんな発想に共感できる人は一定以上居るのではないでしょう。建築やインテリア関連の業界では、私のようにそういうものが好きで商売にしているような人が多く、押入れの使い方を工夫するような事を楽しいと捉えるタイプの人が、他の業界に比べて特に多い様に思います。
そんな暮らし方を自分もしてみたい、という人にとってヒントになる様な、具体的な押入れの活用法を集めてみましたので、順に見て行きましょう。
押入れをクローゼット風に使う
活用法のひとつめは、押入れをクローゼット風に使うというものです。一般的なクローゼットはハンガーパイプがあり、ハンガーに掛けた洋服を吊るして収納できます。それが使いやすさの大きなポイントです。しかし一般的には、賃貸物件の押入れにハンガーパイブを勝手に取り付けて改造する訳には行きません。そこで、置くだけでクローゼットみたいに洋服をハンガーに吊るして収納できる押入れ専用のアイデア家具が各種発売されていますので、そういうものを設置すると、あの使いづらかった押入れがずいぶん使いやすいスペースへと変わります。
押入れ用ハンガーの多くは、押入れの寸法にフィットする様にサイズが可変式になっています。そのため、比較的どんな押入れにも対応しやすい、手軽な活用法です。
一般的なクローゼットの奥行きは60cm前後であるのに対し、一般的な押入の奥行きは80cm前後です。押入れが持つこの奥行きのスペースをより有効活用できるように、ハンガーの奥に棚を設けたり、前後2列にハンガーを設置したりできる設計の製品も売られています。たとえば2列のハンガーラックの片方の列には夏の服を、もう片方の列には冬の服を、というふうに洋服を掛けておき、ハンガーラック全体を押し入れから取り出して向きを反転して再び押入れにしまうだけで、一気に衣替えが完了してしまうという事も、アイディア次第で可能になります。
もうひとつおまけを言いますと、大家さんに黙ってハンガーパイプを買ってきてビス留めするという行為は、ほとんどの物件では賃貸借契約の違反行為になります。こっそりやってしまったとしても原状回復義務があって退去時までに元に戻さなくてはなりません。もし退去時までに元に戻していなければ、大家さんに補修費用の工事代金を金銭で弁償する事になります。なのでこっそりやるのはやめておいた方が良いと私は思います。さらに、ちゃんと大家さんに相談して、もしもOKをもらえたとしても、自分で取り付けるのはお勧めしません。なぜならハンガーパイプにたくさんの洋服がぶら下がると、結構な重さになり、それを支えるにはそれなりの強度というものが必要で、ちゃんと強度が出る様な改造をするにはある程度専門的なノウハウが必要だからです。押入れの天井や側面の板はだいたいペラペラのベニヤ板でできていて、そこにハンガーパイプをビスや木ねじで単純に取り付けても強度が不足してパイプが落下したり、側面の板が変形したりしてまともに使えないケースが多いです。そうなれば、ただいたずらに大家さんの持ち物である部屋にキズを付けるばかりで、原状回復の費用が掛かるだけです。強度のしっかりしたパイプの取り付けにはそれなりの理論や工法があります。なので大工、家具職人、施工管理技士、建築士、といった身近な建築のプロに相談しましょう。同様の理屈で、押入れ内部に突っ張り棒を突っ張るというのも実は強度に関して問題がある場合が多いです。壁の内部構造を正確に説明できる位の専門知識が無ければ、これもおすすめしません。繰り返しになりますが、手軽でおすすめなのは、置き型のハンガーラックを買ってきて置く事です。
アイリスオーヤマ ハンガーラック 押入れ 伸縮幅75~130cm 耐荷重15kg OSH-Y17 パイプハンガー
アイリスオーヤマ ハンガーラック 押入れ ラック付 幅75cm 耐荷重40kg OSK-75 パイプハンガー
ハンガーの奥に薄い棚板のついたタイプ。奥行きのある押入れのスペースを効率よく活用できる。
アイリスオーヤマ ハンガーラック 押入れ 伸縮幅75~130cm 耐荷重30kg OSH-Y27 パイプハンガー
洋服が多い人におすすめの2列タイプ。オンシーズンのものを手前に、オフシーズンのものを奥に、という使い方もできる。
押入れをデスクスペースとして使う
押入れには取り外したり移動したりできない頑丈な中段が付いているというのがひとつの特徴です。この中段を事務机や学習机代わりに使うというのもよくある活用方法のひとつです。パッと見て押入れの中段は天板っぽいし、下に足が入れられるし、デクスペースになりそうだと思い付いた人は案外多いでしょう。
詳しく見てみると、まず押入れの寸法は、物件によってそれぞれですが、
- 中段の高さは75cm~90cm
- 奥行きは80cm
だいたいこれぐらいのものが多いです。これに対して市販の事務用机は、
- 天板の高さが70cm
- 奥行きは70cm(コンパクトなもので60cm)
が標準的です。一般的に押入れのほうが事務用机の天板よりも高くて、奥行きが深いです。しかしそんなに遠からずの寸法なので、神経質な人でなければ転用できる範囲内です。バソコンのモニタを奥のほうに置いて、手前側でゆったりと書類や本を広げられるイメージです。
事務用机よりも天板の高さがちょっと高いという問題に関しては、まずは高さ調整ができるオフィスチェアを目一杯高くして使うのが良いでしょう。それでもまだイスの高さが足りない場合は、ハイタイプのオフィスチェアというものがあります。
ハイタイプのオフィスチェアとは、その名前の通り、座面の位置がふつうのオフィスチェアよりも高く、フットレストが付いているものです。例えば、案内係カウンターなどで、立っている来訪者と案内係の顔の高さを合わせるために使われたりします。あるいは最近のお洒落なフリーアドレスのオフィスでは、座席に変化をつけるために、ハイカウンターとハイタイプのオフィスチェアを設置したコーナーを設けたりする場合に使われたりしています。もちろん、カジュアルチェアとは違いオフィスチェアですので、長時間の事務でも問題のない座り心地で作られています。
そしてもうひとつ、押入れの中段をデスクの天板代わりに使うためには、表面がガタガタだったり、トゲが飛び出したりしては困ります。それを解決するひとつとして、デスクマットを敷くという手があります。デスクマットには、昔ながらの透明のものもあれば、黒や木目調などのシックなものもあります。カッターナイフで押入れのサイズに合わせて手軽にカットできる製品もありますし、マウスのLEDやレーザーが安定して反応してくれる、マウスパッドの機能を持つ製品もあります。
デスクをデスクとして使って、使いやすいなんて言っているのは当たり前の暮らし方です。それに対し、もともとデスクでない押入れを自分なりの工夫でデスクとして使いこなす事で、ある種の達人や玄人的な雰囲気が出ます。そういうおしゃれもあります。そして周りからの見た目ばかりでなく、やっている張本人だって、楽しさを感じられるものです。
リーズナブルなスタンダードタイプ。プレート型のフットレストをリア側に移動させ、座面を下げると普通の高さのデスクに合わせて使うこともできる。2トーンのカラーリングが選べるインテリア性も魅力だ。
コクヨ オフィスチェア ココット サポートシェルタイプ
少しカウンタースツールに近づけたデザインのオフィスチェア。ハイカウンターを設けたフリーアドレスのオフィスでの採用例も増えている。部屋が広く感じるデザイン。
コクヨ 作業用イス ハイタイプイス ビニールレザー ブラック
昭和レトロの面影を残すロングセラーモデル。ブラック+クロームメッキのカラーリング、高さの調節は便利なレバーで行えるガス圧式など、令和の時代にも程よく馴染むようにアップグレードされつつ、うっかりコーヒーなどをこぼしても拭き取りやすいビニールレザー。
ハイタイプのオフィスチェアの高級グレード。割安な賃料の押し入れ付き物件に住み、長時間直接座って過ごすイスは惜しみなくいい物を使う。それもひとつの考え方。
エレコム マウスパッド デスクマット 超大判 ブラック MP-DM01BK
見えてしまうとみすぼらしく感じがちな押入れの中段の荒々しい仕上げを広く隠せる超大判タイプ。ダークな落ち着いた色合いは、読書にもパソコンでの作業にもマッチ。光学マウスにも対応。
カール事務器 ペン立て ツールスタンド TS-001-W ホワイト
奥行きのあるデスクスペースで奥の方に置いても出し入れしやすく、目的のペンも探しやすいペンスタンド。
Creative ステレオスピーカー GigaWorks T40 Series II 2.0ch
押入れを転用したデスクスペースはスリムで奥行きのある高音質PCスピーカーを置くのにピッタリの空間でもある。オーディオ環境を充実させれば、作業スペースはさらに楽しく。エレコム 電源タップ 雷ガード 10個口 マグネット 一括スイッチ ほこりシャッター付 スイングプラグ 5m ブラック
押入れの下段を書庫として使う
だいたいの押入れは奥行きが80cmぐらいもあります。対して本のサイズはというと、A4サイズの比較的大きな雑誌やムックですら20cm程度です。押入に本をそのまま収納すると、奥行きが有効活用できずに無駄が多いばかりか、本が奥に行き過ぎて手が届きにくく、出し入れがしづらいという問題も起こります。
そこで下段の部分にキャスター付きの本棚を並べて使うと、奥の方までもスペースをかなり有効に活用でき、収納した物の出し入れもしやすくなります。
本ばかりでなく、CDやDVDをたくさん持っている人は、それらの収納にも使えます。
さらに、上段を上に書いたデスクとして使い、下段を書庫にして使うと、ちょっとした書斎スペースが出来上がります。
山善(YAMAZEN) 押入れ収納ラック キャスター付き 幅26 ホワイト CSR-7526(WH)
幅26cmのタイプ。A4サイズのファイルがすっきり収まる。