芯を喰ったスムース・ジャズの名盤ガイド

ジャズの入り口として親しみやすく、BGMとしても心地よい。そんなスムースジャズ。しかし、本当に名盤を教えてくれる場所というものがなかなか無い。

「スムース・ジャズの名盤○選」みたいな記事で紹介された作品を聴いてみると「探している音楽の雰囲気とちょっと違うんだけど…」という事が多くはないか。イメージしていたのはもう少し現代的なもの、もう少し音質がクリアなものなんだけれど、紹介されているのはなんかそれよりも音が古臭くて時代的になんか古っぽい、みたいな事は「あるある」だときっと多くの人が感じているだろう。

なぜそういう事が多いのかというと、そういう記事の多くは、スムース・ジャズのジャンルのど真ん中を捉えているのでなく、「スムース・ジャズのルーツ」だとか「プロト・スムース・ジャズ」というべき作品を紹介してしまっているからだ。そういう作品は、実際に今日のスムース・ジャズ専門ラジオ局などでヘビーローテーションでエアプレイされている作品に比べると、やや古い音楽である。

これは趣味のブログ記事に限らずプロの音楽のライターにもよくある事で、「名盤」を紹介しようとする際に、脂の乗った中堅どころよりも、彼らの師匠格にあたる大御所達、ジャンルの開拓者達の作品を紹介したくなってしまうという心理が働きがちなようだ。こういう事はジャズに限らず、ヘヴィ・メタルやパンクといった、ロックの世界でもよくある。

確かにジャンルの創世記の名盤が音楽シーンに衝撃を与え、フォロワーのミュージシャンを生み出し、ミュージシャンや音楽通の間では崇められてはいる。しかし大体においてサウンド的にはちょっと古い。ジャンル創世記の作品よりも、もう少し時間が経ってからリリースされた作品の方が、ジャンルのサウンドの典型がはっきり確立されてからのものが聴け、「あー、これ!これ!こういうのを聴きたかった! 」と感じられる事が多い。

多くの人は、スムース・ジャズに関して割と最近の音楽だというイメージを持っていると思う。楽器の音やプロデュースもだいぶ今風で、もちろんサウンドはクリアで、というものだろう。しかしいくらか古い作品に遡り過ぎてしまうと、フュージョンとか、レア・グルーヴだとか呼ばれるジャンルの時代に入って行ってしまう。すると音質はあまりクリアでなく、楽器の編成がレトロで、期待しているイメージと違ってきてしまうという事が起こりがちだ。もちろん、そういう作品にはまた特有の良さがある。しかし、良い悪いという話と、イメージしているサウンドと同じか違うかという話は論点が別だ。「スムース・ジャズのど真ん中を聴きたい」と思ったら、概ね80年代後半以降の作品を聴いたほうが、「ああー、コレコレ!こういうやつ!」ときっと感じられるだろう。だからここに挙げた作品はそれ以降の時代の作品ばかりだ。ここにあるようなものと似た音楽をもっと他にも探してみたい人は、それ以降の年代に注意して探してみたら良いのではないか、と思う。

ここでは、その辺りをふまえて、芯を喰ったスムース・ジャズの名盤を紹介したいと思う。



ピアノ



Joe Sample / Ashes to Ashes

1990年のソロ11作目。クルセイダーズのメンバーとしても知られるジョー・サンプルはキャリアの長い大物アーティストで、1978-1979年にかけてのソロ3作目・4作目あたりがわが国のジャズ好きの間では名盤として取り沙汰される事が多い。しかし当時の音楽の内容はむしろレア・グルーヴ的なものであった。この作品はその時期の作品に比べて日本のジャズ好きが話題にする機会が少ない作品ではあるものの、サウンドとしてはまさにスムース・ジャズのジャンルのど真ん中を行く珠玉の名盤。その証拠に、当作に収録の"Ashes To Ashes", "The Road Less Travelled", "Strike Two", "I'll Love You", "Born To Be Bad"など、多くのチューンが今でも本国米国のスムース・ジャズ専門ラジオ局で今日も頻繁にプレイされている。前作"Spelbound"も人気作として評価されるが、それはヴォーカルをフィーチュアした曲が中心の作品であった。インストゥルメンタルである本作のほうが、スムース・ジャズの王道を求めている人にはしっくり来るだろう。"I'll Love You"は東京のFMラジオの天気予報で使用されていたので、聴いたことのある人が多いと思う。

Kevin Toney / Lovescape


ハード・バップの時代から第一線で活躍し、やがてスムース・ジャズにつながる源流として、グルーヴィーで洗練されたジャズのスタイルを開拓して行ったひとりとして知られるトランペッター、Donald Byrd。その後期の傑作アルバルのひとつがBlack Byrd。大学で教鞭をとったDonald Byrdのコアな弟子たちともいえる教え子たちが結成したのがBlackbyrds。Donald Byrdの方向性を受け継いだBlackbyirdsは、スムース・ジャズ創世記から人気を博し、例えばヒップホップアーティストのサンプリングネタとしても人気が高い事で知られている。そのBlackbyrdsのピアニスト、Kevin Toneyがソロで1993年に発表した代表作。ジャズとエレクトロニック・ミュージックの融合というのは早くは60年代から何度にもわたって繰り返されてきた。これもまたそうした融合が図られた作品のひとつだが、90年代という時代らしく、ジャズと打ち込み系サウンドとの融合が試みられ、そしてその融合が大胆かつ見事に大成功している名作。代表曲にしてスムース・ジャズ界の強力アンセムでもある"Kings", "Aphrodisiac"が両方とも収録されている強力アルバム。



2005年の作品。若き日のケヴィン・ベーコンみたいなイケメンの顔だちに、ブロンドの毛束ツンツン・ヘアー。今ではすっかりジャンルを代表する代表的アーティストのひとりだ。当作はいくつかある傑作とされる作品のうちのひとつで、知名度が一気に拡大していった時期の出世作でもある。ボワァ~と広がるアンビエント的な風味が利いていて、音作りの繊細さが特に際立った作品。この作品のブレイク以降、リリースすれば売れる、みたいな感じでヒット作を連発して現在に至っている。"It's On Tonight", "Sensuality", "Secret Affair", "Touch Me"収録。最近は、実はファンク好きなんだぜ、と言いたげに、J.B.'sをオマージュした様なファンク色の濃い雰囲気の作品も時々織り交ぜながら、コンスタントにアルバムをリリースしている。

1999年の作品。シーンの創成期からシーン全体をリードし活躍し続けてきた大御所。1960年代にアルバム・デビューし、70年代・80年代とそれぞれの時代にヒットを連発してきた。かつてはローズ・ピアノを演奏する事が多かったが、最近はピアノの演奏の割合が増えてきている。この作品は90年代における代表作のひとつ。曲ごとに売れっ子の若手をゲストに迎えてコラボレーションしており、90年代の終わりという時代に合った洗練された音でもあり、楽曲も粒ぞろい。その質の高さで見事グラミー賞のBest Contemporary Jazz Performanceにもノミネートされた。"Take Me There", "Raise The Roof", "Joy Ride"収録。



サックス




Eric Marienthal / Voices Of The Heart


1988年の作品。バークリー卒、元チック・コリアのバンドのメンバー。ソロ第1作にして驚異的な完成度。暑苦しさを感じさせず、透明感や奥行き感を感じさせる演奏は、スムース・ジャズのひとつの醍醐味。バラードは特に珠玉。"Voices Of The Heart", "Written In The Wind"収録。ケニー・Gの涼しげで透明感のあるサックスの演奏は好きだけどジャズ風味が足りない、もう少し曲調にジャズの風味が欲しい、と感じている人にはちょうどおすすめの一作。その後フュージョンの人気グループ、リッピントンズに加入したり、すっかり西海岸の顔のひとりとなっている。

Boney James / Body Language


1999年の作品。現在スムース・ジャズ界で最も売れているであろうサックス・プレーヤーの一人。ソプラノ/アルト/テナーをフレキシブルに使い分ける。BillboardのチャートではUS Top Jazz Albumsで1位を獲得したばかりか、Top R&B/Hip-Hop Albumsで32位、US Billboard 200で91位の最高位をマークするなどの快挙を達成し、出世作となった。その後は、当作だけでなく以降にもヒット作連発の状態が続く。スムース・ジャズばかりでなくR&Bのアーティストの作品への客演も引っ張りだこで、日本ではそこまでの知名度ではないものの、本国アメリカやグローバルのシーンではもはや大ボス的存在。"Body Language", "Boneyizm", "Bedtime Story"収録。


Kim Waters / Love's melody


1998年の作品。スムース・ジャズのジャンルのエアプレイ・チャートのNo.1を連続して獲得していた、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いといった時期にリリースされた充実作。いきなり代表曲とも言える"Nightfall"で幕を開ける。柔らかくて暑苦しくないソプラノ・サックスに、キック・ドラムの音がどっしりとしたHip Hop / R&B的な雰囲気の打ち込みを多用。これまた今日のスムース・ジャズのひとつの典型を示す音。収録曲の"Easy Going", "Two Hearts of Mine"もまた、スムース・ジャズ専門ラジオ局でよくエアプレイされる人気曲。


トランペット



Chris Botti / Midnight Without You



1997年の作品。今やスムース・ジャズのジャンルの範囲にとどまらない大物トランペッターの初期の名作。当作はソロ2作目で、スティングのツアーメンバーになる少し前の作品。今でもスムース・ジャズ専門ラジオ局でよくプレイされる"Midnight Without You", "Regroovable", "The Way Home", "Mr. Wah"を収録。マイルス・デイヴィスに憧れたというバイオグラフィにも納得できる、音符数を少なく抑えた、枯れた雰囲気の演奏が聴ける。本作以降にもヒット作を連発しており、ベスト盤が何作もリリースされているという事も人気の高さの証明だ。




ギター


Earl Klugh / Whispers and Promises 


1976年にソロ・デビューした、キャリアの長いこの人の名作として語られがちなのは、デビュー直後の70年代の作品である事が多い。その時代の作品が名作であるのは間違いないが、サウンド的にはあまりスムース・ジャズ的とは言えず、当時の時代性を反映して「フュージョン」という雰囲気が強い。この人がスムース・ジャズの代表選手として真骨頂のサウンドを開花させたのはそれよりもう少し後の時代で、そういったスムース・ジャズらしいサウンドを堪能したいのならば80年代中頃以降からの作品を聴くべきだ。1989年のこの作品は、スムース・ジャズのサウンドを完成させて以降のひとつの絶頂期を迎えたと言っても良い名トラック揃いの傑作のひとつ。ここ日本でも天気予報や旅行番組など、TV番組などのBGMの定番となった曲たちが満載。"What Love Can Do", "Master of Suspense", "Strawberry Avenue", "Just You and Me"を収録。

2001年の作品。スムース・ジャズの専門ラジオ局のエアプレイ回数を集計したら、現在最も多く再生されているのはこのピーター・ホワイトかも知れない、という位、勢いがあって人気のアーティスト。元マット・ビアンコ/バーシアのギタリストとしても知られる。多数のゲスト達とのコラボ、楽曲、プロデュース等、多くの面でリスナーにアピールし、ジャンルの一角にひとつのトレンドを作り出し、後続たちにも大きな影響を与えた作品。そのキャリアからポップなセンスがピカイチで、ジャズが苦手な人でもおそらく聴きやすい、爽やかで明るさを感じる作品。"Caravan Of Dreams" "Together Again" "Venice Beach" "Lullaby"収録。


Chuck Loeb / Presence

2007年の作品。ピーター・ホワイトと並んで今日のスムース・ジャズ専門ラジオ局でのエアプレイの多さが目立つギタリスト(お互い共演もしている)。過去にはサックスの大御所スタン・ゲッツのバンドに居たキャリアがあり、ピーター・ホワイトと比べると、よりコアなジャズのフィーリングを感じさせる。また、バークリー音楽院への在籍時代に指導を受けた影響もあるのか、パット・メセニーっぽい風味を時折感じさせたりもする。必ずしも演奏技術が高いプレイヤーばかりとは言えないスムース・ジャズ界の中にあって、演奏技術の高さが際立つアーティストのひとりでもある。普段はソフトで控えめな演奏ながら、ここぞという部分では持ち前の演奏技術の高さがところどころでチラ見えしてしまうのも魅力。"Good To Go", "Window Of The Soul", "Presense"収録。



Norman Brown / After the Storm


1994年の作品。スタンリー・タレンタインやロイ・エアーズらの重鎮との共演を経て、モータウンと契約。そのモータウンでR&B畑のレーベルメイトたちとの共演を繰り返した事もあってか、R&B風味の強く効いた、重厚感のあるグルーヴィーなビートに乗った演奏が持ち味となった。非常に時代に受け入れられやすい音でもありつつ、多くの人にスムース・ジャズらしいと感じさせる音、というものを強く確立させたともいえる。本作は時代の芯を的確に捉えたサウンドであったため非常に幅広い人気を博し、ジャズの範囲だけに収まらず、BillboardのUS Top R&B/Hip-Hop Albumsチャートで最高位21位にまで達した。タイトル・トラックの"After the storm", ルーサー・ヴァンドロスの曲"Any Love",ジャネット・ジャクソンの曲"That's the Way Love Goes"は今日でもなおスムース・ジャズ専門ラジオ局のエアプレイ曲の定番。


グループ


Fourplay / Fourplay



1991年の作品。ボブ・ジェームス(P/Key)、リー・リトナー(G)、ネイサン・イースト(G)、ハーヴィー・メイソン(Dr)という、有名アーティストによるスーパーグループのデビュー作。ノリやすく心地よいグルーヴ感を持ちながらも、打ち込みではない生のリズム隊の持ち味をたっぷりと活かした、色彩感のあるビートには飽きが来ない味わい深さがある。それはまた、一種のフュージョン的な風味が効いているともいえる。アルバムの収録曲のBPMが多様で、曲の雰囲気も多彩で幅広いため、ワンパターンを嫌う人にもおすすめできる。このアルバムに収録された何曲かは、あとから多くのアーティストにカバーされ、スムースジャズ界ではスタンダード化している。"Bali Run", "101 Eastbound", "Max-O-Man"収録。

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