渦中の豪レイガン選手、単なる地域格差の可能性
パリオリンピックの女子ブレイキンで、オーストラリア代表のレイガン(Raygun)選手の演技が対戦相手に比べて見劣りする内容だった事が物議を醸しています。
その事に対して、様々な批判がある様ですが、ひとつぜひとも考慮に入れたほうが良いであろう事実が発覚しました。
それは、「どうやらオセアニアの女子ブレイキンの全体的なレベルが、他の地域に追いつこうと頑張っているレベルで、今はまだ相対的に低いらしい」というものです。
「WDSF OCEANIA BREAKING CHAMPIONSHIPS 2023 」という大会が、パリオリンピックのオーストラリア代表選手の選考を兼ねていた模様ですが、その試合の動画が見つかりました。
ネットでは、レイガン選手よりもずっと強い選手たちが居たにもかかわらずレイガン選手が陰謀を働いて代表の座を手に入れた、というような説まで見つかります。果たしてそういう噂は信憑性があるのでしょうか。何よりも実際の試合の内容を確認してみれば、真相に近づけるはずです。さっそく、大会の試合の様子を見てみましょう。
決勝戦 レイガン選手VSモリー選手
これが頂上決戦という事ですが……なんかお互いに、パワームーブを出しません。試合自体は両者互角のいい勝負です。まさかお互い準決勝までにスタミナを使い果たしてしまったなんて事はありませんよね。
準決勝 レイガン選手VSハンナ選手
おやおや、ここでも両者ともパワームーブは出ません。準々決勝 レイガン選手VSフィジー選手
これまたパワームーブは出ません。これが安定の展開という感じがそろそろしてきました。準決勝 G-クレフ選手VSモリー選手
2:00付近で、G-クレフ選手がウインドミルをちょっとだけ披露しています。
準々決勝 フリックス選手VSハンナ選手
2:33付近で、ハンナ選手がウインドミルをちょっとだけ披露しています。先にオリンピックの試合を見てしまったせいか、このオセアニア・チャンピオンシップがずいぶん地味なものに感じてしまいましたが、皆さんはどうですか?
たしかにこの大会ならば、レイガン選手が優勝という結果で、順当な気がします。
おそらくですが、現時点でのオセアニア/オーストラリアの女子ブレイキンの競技者が全体的に、パワームーブをほとんどできないレベルなのだと思われます。
かたや、パリオリンピックの話をすると、優勝した日本代表の湯浅亜実選手は、例えばワンハンドのAトラックスをひとつの得意技として、それを本番でも披露していましたし、その他にも中国代表の671選手、アメリカ代表のロジスティクス選手、オランダ代表のインディア選手などは、パワフルさにかけては優勝した湯浅選手をも上回るほどの強烈なパワームーブの大技を積極的に連発していました。そんな演技をたて続けに見せられている観戦者は、しだいにオリンピック代表選手ならばこれぐらいのスキルはあるものだろうという感覚になってしまうのも無理はありません。しかも、オーストラリアはアクションスポーツ全般で強豪国ですから、ブレイキンもきっと強豪国という期待を持ってしまうでしょう。
さらに波紋を広げたのは、レイガン選手による試合後の「パワームーブでは、それを得意とするほかの選手たちに勝てなかったので創造性で勝負した」という意味の発言でした。この発言は、解釈のしかたによっては「本気で試合に挑まなかった」「ブレイキンのカルチャーの解釈のしかたが自分勝手だった」と受け取れない事もなかったので、多くの反感につながってしまった事も考えられます。
しかし、選考試合で勝ち上がって代表に選出されたレイガン選手の立場を考えると、そう言う以外に無かったという心情も理解できます。「パワームーブは難しくてできないです」なんて事をストレートに言っても良かったのかも知れませんが、選考で勝ち上がった以上、もしもそんな風に自分を卑下すれば、こんどは自国の他の競技者たちの誇りや競技に対するモチベーションを傷つける事になりかねません。そこに配慮が及ぶ人ならば、なかなか言える台詞ではないでしょう。しかもレイガン選手は、ヒップホップカルチャーの研究者との事ですから、パワームーブの技を持っているのならば、ほかでもない本人がきっと惜しみなく披露してブレイキンの醍醐味を世界の大舞台で体現してみたかった事でしょう。
まとめると、多くのオリンピックの観戦者は、地域によってまさかそんなに大きな競技者のレベルのギャップがあるなんて事は想像できず、誰かしらレイガン選手よりもスキルの高い選手が居るはずだろう、と考えていたと思うのですが、実情はどうやらそうではないらしいのです。オーストラリアの代表候補者はみな互角なレベルで、その中でレイガン選手が競り勝ってオリンピック代表の座を勝ち取ったのです。つまりそれぐらい、オセアニアと他の地域とで、競技者のスキルに大きなギャップが存在していたというのが実情らしいのです。代表選考の大会の映像をみる限り、そうとしか考えられません。
レイガン選手はきっと、そのブレイキン後進国ともいえるオーストラリアやオセアニアのブレイキンのシーンをなんとか今よりも発展させようとリードする立場を担って奮闘している一員であって、そこには周囲からの共感やリスペクトがあっても良いのではないでしょうか。
オーストラリアの競技者の皆さんはもちろんパリオリンピックを見て刺激を受けたでしょうから、今後、次世代の女子選手たちは、もっとパワームーブの習得と試合での使用に力を入れていくのではないかと思われます。
次のLAオリンピックではブレイキンの種目がなくなってしまう予定だという残念なニュースも伝わってきてはいますが、競技者の皆さんの事は今後も応援して行きたいと思います。
ここ日本でも、世界でまるっきり通用しないレベルからスタートして、今やメダル獲得に至っている競技種目などは色々とある事だと思います。オーディエンスには、選手たちの健闘をねぎらい、称え、そして記録や技術の向上を温かい目で見守るスタンスも必要でしょう。
とにかく、ひとりひとりの代表選手にはそれぞれの立場があり、傍観者には簡単に想像できない事情や悩みと向き合いながら試合に臨み、ベストを尽くそうと努力しているケースもあるわけです。できるだけそういう裏側の事情も察するように努めて頂いて、心ない誹謗中傷を浴びせたり、フェイクニュースで陥れたりする事は、どうかやめて欲しいと思います。